タクシーに、乗る回数が多いからか
面白い運ちゃんを引き当てる能力があるのか
それとも、運ちゃんは面白い人が多いのかわからないが
月に1度は、面白い運ちゃんのタクシーに遭遇する。
面白いといっても、大爆笑ネタという感じではなく
微妙なのだが、微妙であることが、タクシーという密室では
余計に面白くなってしまう。
その、「ちょっとした面白さ」が好きだ。
先日のこと。
タクシーに乗って、行き先を告げると
運ちゃんは「大丈夫ですよ!」と応えた。
大丈夫……って、別に、東京から金沢まで行ってくれとか
成田空港まで1時間以内で行ってくれとか
そういう、難しいオーダーをしたわけではない。
もしかしたら、行き先を聞き間違えられたのかと思い、再度伝えると
「大丈夫です、大丈夫」と、また「大丈夫」だ。
タクシーは、しばらく進んだ。
そろそろ左折ラインに入ったほうがよいのでは?
という場所になっても、まだ右車線を走っていたので
「そこ、左に曲がりますよね?」と尋ねると
「大丈夫、大丈夫です」と言い、そのまま信号まで
右車線で突っ込んで、大回りするように左折した。
「ピン!」ときた。
よく考えたら、この運ちゃん、僕が乗ってから
「です」を除けば、「大丈夫」しか言ってない。
もしかしたら、「大丈夫としか言えない」人なのでは?
微妙に興奮してきた。
なにに対して、興奮しているのか、自分でもよくわからないが
この、面白い空気との出会いに感謝したい。
しかし、ほんとうに、「大丈夫」しか言わないのだろうか。
試してみたい。
なにか訊いてみたい。
しかし、下手に訊いて、「大丈夫」以外の言葉が返ってきたらがっかりだ。
考える。
「1万円でお釣りありますか?」
これじゃないだろうか?
ほかにもあるかもしれないが
あまり考え込んでいると、タイミングを失ってしまう気がした。
質問を考えすぎて、「うーん、うーん」と唸って
その唸る姿を見て、運ちゃんから、「大丈夫?」ときたらベストだが
そこまでの模範解答は期待できないだろう。
ちょっと深呼吸をしてから、訊いてみる。
「1万円でお釣りありますか?」
「……大丈夫です」
うわ!
やった!
大丈夫って言った!
確かに、言った!
これで間違いない、いま僕は
ちょっとキケンな状態だ。
ワクワク度が、ぐんと増した。
とはいえ、もうそろそろ目的地。
訊くなら、あと1問だろう。
考える。
今度は、もうちょっとハードルを上げたい。
「大丈夫」が回答としては、なくはないけど
「大丈夫」と応えるのは、ちょっと、おかしな質問。
「運転手さん、名前なんていうんですか?」
いや、それはあり得ない。
それで、「大丈夫」と応えたら、ドアのロックを外して
走る車からゴロンゴロンと脱出したほうがいいかもしれない。
それになりより、僕は達成したいのだ。
「大丈夫」だけで終わらせたい。
「大丈夫」という言葉以外の言葉を聞きたくない。
「大丈夫」だけで、いちタクシー体験を終わらせたいのだ。
なんだろ?
考える。
目的地は迫る。
「大丈夫」だけで、達成したいという思いから
どうしても、簡単な質問ばかり浮かんでしまう。
ひらめいた!
「ちょっと、窓、開けてもいいですか?」
これだ!
これに対して、「大丈夫」と応えるのは、普通、ヘンだ。
だけど、ナシというわけではない。
目的地まで信号もう2つくらいの位置で
僕は、早口で訊いてみた。
なんとなく、焦った感じで、返答を急ぐ、みたいな雰囲気のほうが
思わず「大丈夫」と、言っちゃうのではないかと思ったからだ。
すると……。
「大丈夫です」
やったー!!!!
完全試合だ!
全問正解だ!
ワールドカップ出場だ!
どう考えても、おかしな運ちゃんだが
それより、「大丈夫」で終わらせたことが、嬉しくて仕方がない。
「この喜びを誰に伝えたいですか?」という
リポーターが現れて、祝福してほしいくらいだ。
……と、喜んでいると、突然……。
「その、前のところでよろしいですか?」と、いう言葉が聞こえた。
ん?
あんた、一体、いまなに言った?
えぇえええぇえええええ!!!!!
勝利は夢に終わった。
ロスタイムで失点だ。
ドーハの悲劇だ。
頭の中で、ゴンが倒れ、井原がうずくまり、ラモスが天を仰いだ。
「2060円です」と、運ちゃんは続けて言う。
もう、どうでもいいよ、もう。
1万円ではなく、千円札を3枚渡して、お釣りを受け取り、タクシーを降りた。
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