息子が、将棋をしようと言ってきた。
ほほう、それは嬉しい誘いだ、と、受けて立つ。
1年ぶりくらいだろうか?
どのくらい上手くなったのかと楽しみに始める。
しかし……。
あっという間に、終わり。
あっという間に、僕が勝ってしまう。
息子が再戦を申し出る。
そして、第二戦目。
しかし……。
また、あっという間に、終わりそうだ。
また、あっという間に、僕が勝ってしまいそう。
このまま、進めていけば、あと五手以内に勝つだろう。
あれ?
なんだこれ?
こいつは、この1年なにをやってきたのだ?
と思う。
ぜんぜん、なにも上達しとらんじゃないか。
そこで、初めて気付く。
そうか……。
……僕以外とは戦っていないということか。
いまどき、友達の家で将棋、なんてないだろうし
小学校3年生、というのもあるのかもしれない。
将棋に関しては、僕とこいつの遊びなんだと気付く。
息子にとって、将棋というのは、僕との遊びなんだと気付く。
ということは……。
息子は、勝とうと思って、僕に勝負を挑んできたわけではない。
負けるのを承知で、僕と将棋をしようと言ってきたのだ。
これから、何年もかけて、僕と将棋をしていこうということかもしれない。
……。
息子から取った、飛車を持った手が止まる。
将棋盤の向こうを見ると、息子が厳しい顔をしていた。
うーんと、天井を見上げて、考える。
詰めるつもりが、詰まってしまった。
僕は、息子に訊いた。
「なあ。訊きたいんだけどさ……。
お前に合わせて、手を抜いて遊ぶのと
全力で真剣に戦うのと、どっちが嬉しい?」
息子の答えを聞くと、僕は、勢いよく、飛車を将棋盤に落とす。
「王手!」
パチンという、木の音が、冬の乾いた部屋に響いた。