昨日、久しぶりにテレビドラマを観た。
Twitter(ツイッター)を使ったドラマ、ということだったので。
フジテレビの『素直になれなくて』。
ほんと、テレビドラマを観るのは何年ぶりだろう。
ちなみに、テレビドラマが嫌いという理由で観てなかったわけではない。
ここ最近、かなりテレビから遠ざかっているというのが、なにより大きいが
テレビドラマというものは、観ると面白いことも多く
また次の回、また次の回、と、続きが気になって
観ないわけにはいかなくなってしまうからだ。
欠かさず録画してまで観るのは、いま「モヤモヤさまぁ〜ず2」だけで充分なのだ。
Twitterを使ったドラマ、といってもTwitterが絡むのはほんのちょっとだった。
まあ、あまりにも少なすぎるように思うが、これは仕方がない。
Twitterを知らない人が見て、嫌悪感や疎外感を感じてしまっては
テレビドラマというマスメディアではうまくいかないだろうから。
メールを使った「(ハル)」や、「ユー・ガット・メール」とは分母が異なる。
とはいえ、ヘタくそだなあとは思った。
Twitterを知らない人には、まったく悪い印象を与えず=ノイズ
Twitterをやってる人には、ズンズン刺さるネタ、というのは作れるからだ。
例えば、海外ドラマなんかだと、そういうネタの入れ方が上手だったりする。
専門用語でもいいし、ありがちな状況、というのでもいい。
わかりやすく言えば、簡単な「あるあるネタ」を、ちょろちょろっと入れればよいのだ。
ちょっとした台詞1つ、ちょっとした仕草1つで、上手い小ネタを入れれば
Twitterユーザーを味方に付けることができただろう。
例えば「またTwitter、繋がらねぇよ...」っていう一言があるだけでもよかった。
Twitterを知らない人は、ネットが繋がらないとか、ケータイの電波のことだと思うだろうし
Twitterをやってる人は、自分の経験をダブらせて笑うだろう。
カフェの名前が「クジラカフェ」とかでもいいんだけどね。
さらにもっとうまくやれば、Twitterユーザーにはビンビン響きつつも
Twitterはやってなくても、mixiはやってるとか
iPhoneは持っているとか「想像がつく人」を「ニヤっ」とさせることもできるはずだ。
それなら分母ももっと多いし、それが今回のターゲットなのではないだろうか。
例えば、主人公の女性がカフェなんかで、iPhoneの電源をどうにか確保しようと
きょろきょろ探しまくってるシーンを、フレームの端に入れるだけでも
リアリティが出て面白いのになあと思うのだ。
こんなことは、仮に脚本家が、Twitterについて勉強不足であっても
誰かブレーンが付けば、簡単にできることのように思う。
問題は、そういう意識がプロとして足りないのでは? と思うことだ。
Twitterの面白さや、その世界をパッと理解するのは難しいだろうから
ドラマの脚本の依頼があってからでは間に合わないかもしれない。
だけど、そういう意識が大切なんじゃないかと思う。
Twitterに限らず、わざわざ、ファンがいるところ
それが生活の一部になっている人がいるもの、を借りてくるのだから
ある種の礼儀とか、挨拶、マナーみたいなものと言ってもいいかもしれない。
例えば、僕がフィギュアスケートをまったく詳しくもないのに
「話題になっているから」という理由だけで
フィギュアスケート選手の日常を描く小説を書いてしまうようなものだ。
僕だったらそんなことはしない。
僕だったら、自分が好きでもないものや、詳しくないことを題材にはしないし
プロとして、もし仕事を受けるなら、その対象に詳しい人と一緒に脚本を書くか
或いは、ブレーンとしてチームに入ってもらう。
そうしないと、題材をうまく活かせないどころか
ファンに対して失礼にあたるだろう、と感じてしまうからだ。
結論を言えば、Twitterは「ただ流行っているから」という要素の1つでしかなかった。
脚本家やプロデューサーは「Twitterユーザーを喜ばせて味方に付けたところで
視聴率に響くわけじゃない」と言うかもしれない。
もしそうなら、そんな失礼なことないんじゃないかなあとも思う。
わざわざ「話題の1要素」として借りてくるんだから
しっかりリスペクトして、味方に付けちゃえばよいのにね、もったいない。
人口はまだまだ少ないと思うけど、話題を爆発させる力は持っているのだから。
『素直になれなくて』は、Twitterも含め「話題の1要素」が詰め込まれたドラマだった。
それはいい。
しかし、その多くが、僕にとってはかなり嫌悪感を抱くものだった。
思い出すだけでもいっぱいある。
セクハラ、パワハラ、リストカット、クスリ、学生の万引き......。
社会的に、弱い立場、状況に置かれている者たちを描いて
それが、Twitterという繋がりによって、互いを励まし合い、個性を認め合い
......みたいなものを描こうとしているのだと思うし
さらには、そうやって繋がったように見えた相手であっても
深く付き合えば、理解が難しい闇みたいなものを、それぞれが持っている
というような深みの付け方をしていくのだと思うが
それにしても、なんだか息苦しかった。
もちろん、社会を描くという上で、そういう面を描くことは悪くないと思う。
ただ、あまににも乱暴なのだ。あまりにも土足なのだ。
実際に同じような立場に置かれている人は、共感できるのであろうか。
スパイスとして「話題の1要素」を入れまくるのはいい。
ただ、それらを混ぜ合わせるだけで、料理にするのではなく
それぞれの素材を、丁寧に慎重に扱ってほしいと思う。
そして、プロなら、上手に調理してほしいと思うのだ。
その昔、ナタデココがブームになったとき
「ナタデココが入ったカレー」というのを食べたことがある。
それは......ただの、ナタデココが入ったカレーだった。
今回のドラマ『素直になれなくて』は、それと似たような味がした。
1つよかったのは、僕はほとんど知らない人ばかりだったのだが(失礼)
出ていた俳優さんたちは、演技が上手なように思えた。
男性も女性も、上手だなあと思うシーンがいくつもあった。
なにより、上野樹里さんという人の、ドラマ後半の表情だけで演技するシーン。
それが見れただけで、まあよかったかもなあとは思う。
その数秒のシーンは、タイトル『素直になれなくて』をほんとうに上手に表現していた。
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