昼と夜では
どうしてこうも、世の中が違って見えるのだろうか。
あたりまえのことではあるが。
太陽の光が、あるかないか、だけではない。
人工の光も、夜の景色を特徴付けている。
昼になれば、太陽の光が輝き、夜になれば、その存在はなく。
夜になれば、人工の光が輝き、昼になれば、その存在はない。
都市の昼の風景。
都市の夜の景色。
タクシー会社の正面にある、ビルの上から見下ろす。
タクシー置き場......と思わせておいて
実は、アートなのではないかと思うくらい、美しい眺め。
タクシーの黄色の光が目に強く届く。
望は、ビルの階段の窓から、タクシー会社を見下ろしている。
風が吹いたので、顔を上げると、向かい側には茶色いビルが建っていた。
望の顔がぴたっと止まる。
真っ直ぐ前を向いたまま。
ちょうど自分の居る、窓の位置と同じところ。
正面のビルの同じところ。
ちょうど目と目が合う位置に
正面のビルにも窓があり、それが開いている。
そして、そこに居るのは......「自分」......。
こちらを凝視している。
にやっと笑ったようにも見えた。
いまから3年近く前。まだ寒かった春の日の夜。
望が、自分の秘めた力を知ってしまった、あの事件から。
望は、春が来るたび、もう1人の自分と会うようになった。
まだ、冷たい風が、顔を撫でる。
見ると、正面の窓には誰もいなくなっていた。
しばらくすると、望は、階段を降りる。
6階から1階までの、長い距離を、少し慌てて降りていく。
2階から1階へは段差が広くなっていた。
......!
望はなにかを感じ、立ち止まった。
ゆっくりと、階段の先、1階の階段口前を見ると
そこには、さっきの「自分」がいた。
自分であるが、自分ではない。
自分そっくり、というだけでもなく
どこか、見た目だけの話ではなく
あれは、自分自身だ、と言える、不思議ななにかを感じる......。
自分自身は、こちらに近づきながら、言葉を発した。
「元気そうじゃない? それよりレモンのこと、思い出した?
「......レ......レモン......」
「いやね......、ほんとにわかってないの?」
「だから、なんのことって!......」
望も、僅かながら、前へ進む。
2人の距離が縮まっていく。
「.....しかたないわね。......ねえ?」
「......なに?」
「最後に......レモンを食べた日、のこと、覚えてる?」
「最後にレモン......どういうこと?」
「3年前。......雨が降っていたわ。あなたは小さな駅にいた」
「駅......」
「誰もいない駅。山奥の、誰も行かないような、小さな駅に」
「赤間山のふもとの駅......のこと?」
2人の距離は、もう僅か数メートルだ。
「そう......。あなたは知っていた」
「なにも知らないわ!」
「あなたは知っていた。関東地方が壊滅するまでの被害となるあの事件......。
そう......、あの事件が「起きる」ということを、知っていた......」
「......」
「二宮くんに旅行を勧めたけど、聞く耳を持ってもらえず......
終いには異常者扱いまでされて、あなた、悲しんで泣いていたじゃない......」
「ど、どうして、そんなことまで......」
「私の、この頭にも、その記憶があるからよ、望」
「あなたは、誰?」
「そんなことより、レモンのことだけど......」
「......」
望は俯いて、考えた。
「最後にレモンを食べた日、のこと......思い出した?」
「......去年の夏。......とても暑かったわ......」
「その日が、世界の1/10が失われた日、というのは覚えてるわよね」
「......最後にレモンを食べた日......」