用事があってガーデンプレイスに行った。
ぬいぐるみ……じゃなくて、着ぐるみというのかしら?
オレンジ色のモコモコした、ヘンな着ぐるみを着た人がいた。
背中を向けていたので、なんだかわからないが
ものすごく場所に対して違和感があった。
なんだろう?
と思っていると、警備員だか私服警官らしき、腕に腕章を巻いた
黒スーツの人たちが現れて、着ぐるみの人を、連行していった。
着ぐるみ姿の変態の逮捕劇か?
なんて思っていると
遠くから、小さな女の子の、「ばいば〜い」という声が聞こえた。
すると、その声に反応して、オレンジの着ぐるみが振り返った。
振り返って、手を振った。
くすんだオレンジ色の、なんだか奇妙で、大きな手が、大きく揺れた。
ピ、ピーポくん?
後ろ姿でわからなかったが、オレンジ色の場違いな着ぐるみは
それはピーポくんだった。
交通安全かなにかを伝えるために、ガーデンプレイスに来ていたのだろう。
連行されたわけじゃなくて、一緒に帰っていったところだったのだ。
女の子に手を振ると
また振り向いて、黒スーツの男たちと帰って行く。
その後ろ姿が、もうわかってはいるのに
どうしても、連行される着ぐるみ変態にしか見えない。
「ほら、もう帰るぞ」
「お前、こんな格好してなにやってるんだ?」
そんな声が、勝手に聞こえてくる。
すると、また、違う男の子の声が、着ぐるみを呼ぶ。
「ばいば〜い!」
着ぐるみ……いや、ピーポくんは、また振り向いて、手を振る。
手を振るが、また、男たちに連れられ、帰って行く。
もう僕には
子どもに愛されているのに、逮捕されてしまった犯人、としか見えない。
『Bye Bye in Orange 〜悲しみの着ぐるみ殺人犯〜』
着ぐるみ犯の逮捕劇。
子どもたちから愛された殺人犯の物語。
幼稚園に、いつも着ぐるみ姿で現れる男。
子どもたちから、みんなに愛されていた。
しかし、可愛い姿の、その中は、殺人犯だった。
10年近く前の話。
雪の夜。
北陸の、とあるバーでの出来事だった。
男は、今日も馴染みのバーへ飲みに来ていた。
客は、男と、もう1人だけだった。
「やめてください!」
バーのママの悲鳴が聞こえる。
ママは男にとって、恩人だった。
3年前、指名手配中、北陸に逃げてきた男をかくまってくれたママ。
ママは店の常連に事情を伝え、男の仕事先まで探してくれた。
「離して!」
再び、ママの叫び声が店に響いた。
酔っぱらいの男が、ママに絡んでいる。
男は酔っぱらいを止めようと、席を立ち、詰め寄った。
ママを掴む手を払い、椅子に座らせようとする。
しかし、ちょっと押したつもりが、酔っていたこともあり、相手は転倒。
運悪く、テーブルの角に頭をぶつけてしまい、酔っぱらいは逆上する。
テーブルの上の、フルーツをカットするためのナイフが光る。
酔っぱらいは、ナイフを手に取り、男を襲う。
「てめぇ! ふざけやがって!」
ナイフが男を襲う。
そのときだった……。
酔っぱらいは天を仰いだかと思うと、白目を剥き、静かに床に倒れ込んだ。
見ると、その後ろには、バーのママの姿。
バーのママの手には、血の付いた、大きな灰皿が握られていた。
男は言う。
「ママがやったんじゃない。オレがやったんだ」
男は、自ら警察に電話すると、事情を説明した。
男はママの手から灰皿を奪うと、上着で血痕ごと指紋を拭き取り
床に投げつけて、叩き割った。
「いいか、ママ……。オレがやった、って言うんだ……」
男はそう言うと、店を出ようと、ドアを開ける。
外は暗く、雪が降っていた。
「ま、待って……」
ママが止めようとすると、男は振り返らずに言った。
「どうせオレは前科者だ。この街での3年間、ほんとに楽しかったぜ。
なあに、捕まりゃしないさ。また、どこかの街で生きていくだけだ」
そう言うと、男は店を出た。
その後、男は、いろいろな街を点々としながら暮らし
ふと入った飲み屋で、北陸のママに似た店員と出会う。
男は目を疑った。
「ママ……なわけがないか」
やがて、男はその女と深い仲になり
自分の過去を話すようになった。
女も同じように、自分のことを男に伝えた。
女の実家は東京にあり、幼稚園を経営していた。
女は、稼ぎのために、知り合いのつてで、数年、東京を離れており
しばらくした後に、帰る予定だった。
「じゃあ、うちの実家……園で働きなよ」
「嬉しいが……オレは、太陽の下で生きられる身分じゃない。
どこに警察の目が光っているか、わからないからな」
「それだったら、大丈夫。いい仕事があるわ」
そして、男は、東京の幼稚園で働き始めた。
着ぐるみに身を隠して。
男は、やがて、その仕事に生き甲斐を感じるようになった。
子どもたちの喜ぶ姿が、嬉しかった。
常に逃げてばかりの人生だった男が、人に求められる、人に喜ばれることで
自分の生きる価値、みたいなものを見出していた。
男は幸せだった。
しかし、その幸せは長くは続かなかった。
園児たちと、園の近くにある、複合商業施設に遊びに来ていたとき
遠くから、黒いスーツの男たちが、近づいてくるのを、男は目にした。
男は察した。
しかし、男はもう逃げなかった。
スーツ姿の男が、男の側に寄る。
「脇田……脇田武史だな?」
「……はい」
そう言うと、スーツ姿の1人が、男の腕を掴んだ。
心配そうに子どもたちが見ている。
男は、スーツの男に聞こえるくらいの、小さな声で伝えた。
「頼んます。頼んますから、ここを出るまでの間……。
子どもたちを悲しませたくないんで……
あと、あと、3分だけ、時間をもらえませんか?」
男は戯けた。
つまづいて転んだり、慌ててテーブルにぶつかったりして
子どもたちを笑わせた。
男が子どもたちに見せる、最後のショウだった。
「もういいか?」とスーツ姿が言った。
オレンジ色の着ぐるみは、深く頷いた。
スーツ姿の男が、子どもたちに言う。
「みんなー! いいかな!
残念ながら、今日でサヨナラです」
「えぇーっ!!」
子どもたちは突然のことに驚き、悲しそうな顔をする。
「いまから、世界中の子どもたちに笑顔を与えるために
ほかの国に、海の向こうに、旅立たなければなりません。
突然のことだけど、わかってくれるかな?」
「いやだー!」「いやだー!」
「いかないでーおじちゃん!!」
子どもたちの涙声を払うように、スーツ姿の男たちは
着ぐるみの男を連れて、離れていく。
「ばいば〜い!」
遠くから、小さな女の子の、「ばいば〜い」という声が聞こえた。
すると、その声に反応して、オレンジの着ぐるみが振り返った。
振り返って、手を振った。
くすんだオレンジ色の、なんだか奇妙で、大きな手が、大きく揺れた。
「ばいば〜い」
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