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March 28, 2006


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終末のフール

TheFoolAtTheEnd.jpg

素晴らしく面白かった。
昨晩、ちょっとだけ読もうと読み始めたら
やめられなくて、朝を迎えてしまった。
おかげで、今日はほとんど寝ていない。

内容について、ちょっと書こうと思い
今さっきウェブで調べたら、これひどいですね。
下が、集英社の出した内容紹介。

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2***年。
「8年後に小惑星が落ちてきて地球が滅亡する」と発表されてから5年が経った。
恐怖心が巻き起こす、殺人、放火、強盗・・・。
社会に秩序がなくなり、世界中が大混乱に陥る中での
仙台市北部の団地に住む人々の葛藤を描く。
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うわー、つまんなそうぅぅ…。

はい、違います。
間違ってはいないけど、伝える角度が間違っています。

「小惑星が落ちてくる」という設定なんだけど
この小説の設計が素晴らしいのは、「3年後」に落ちてくるというタイミングの設定だ。
「8年後に落ちてくる…から5年が経った」と、算数的には一緒だけど、ずいぶん違う。

作者も作中で何度か使っている言葉だが、描かれているのは「小康状態」だ。
あと3年で地球が終わってしまう、というタイミング。

「小惑星が落ちてくる」と発表があってから、世の中は混乱した。
が、それから5年経ち、だんだんと騒ぎが沈静化していく。
舞台である仙台市の団地の周辺も、落ち着きを取り戻してきていた。
逃げ出す者は逃げ出し、死ぬ者は死に、暴れる者はおとなしくなっていく。
治安も回復した街で、「生き残った」人々の様子を描く。
幕間のような、インタールードのような、嵐の前(中)の静けさのような。
そんな「微妙な時間」の世界。

そんな微妙な時間の世界で起こるドラマは素晴らしいに違いない。
ほんとにいい世界設定を思いついたと思う。
出版社の内容紹介が想像させるような、パニック小説でもなんでもないので
「小惑星」がどう、とかそういうことが面白いわけではない。
そんな「小康状態」の人々の歩みや、人間関係が面白いのだ。

作家には、常に挑戦をし続けてほしいと思っている。願っている。
ちょっと辛口になるが、最近の伊坂作品は少し心配をしていた。
『チルドレン』までの興奮が、『グラスホッパー』以降少なくなっていた。

この作家は「描く」ことが本当にうまいので
(もちろん、小説で最も大切なベースは、文体と設計とそれなのだが)
例えば、兄弟で老夫婦の営むパン屋に、カレーパンを買いに行ったが
帰って食べたらクリームパンだったので、文句を言いに戻ると店が火事で燃えていた…。
みたいな物語を描いても、面白いものが書けるのだと思う。
だからまずい。
多くの作家が、その「武器」で甘えてしまう。
福本伸行なんか、甘えっぱなしだ。(今のカイジ…うぅぅう)
…脱線した。
そんな、ここ数年の心配の中、『終末のフール』は、伊坂幸太郎という
作家の元気さ、先へと進むパワーを感じた作品だった。

今作は、ある意味においての、「集大成」を感じる作品でもある。
『オーデュポン…』やら『アヒルと鴨…』やら『チルドレン』やら
今までのいろいろな伊坂作品の方向性が、詰まったような作品となっている。
具体的な理由はどこにもない。
だが、伊坂作品をずっと読んでいる人には、そう感じるであろう。

伊坂作品には、伊坂ワールドというものがが存在していて
全ての作品が繋がっている。
ある作品の事件が、他の作品で別の角度で描かれていたり
ある作品の登場人物が、違う作品でちょこっと顔を出したり。
が、この『終末のフール』にはそれがない。
ほぼ全ての作品にあると思うので、これは作者の意図が明確だ。
集大成でありながら、唯一他の作品世界とのリンクがない。
これが大成功している。

単品としては面白い作品だが、伊坂幸太郎の新作という意味では
「うーん、面白いんだけどなぁ。繰り返しを感じるなぁ」と微妙な読後感となった
『砂漠』から、すぐにこれだから、びっくりした。
「このバッター、最近はバントもうまいのね」なんて思っていたら
目の前で豪快にホームランを打たれたような、そんな気持ちだ。

あまり内容については触れずにがんばったので
なるべく書評など読まずに、すぐに買いにいってください。
もし、伊坂作品を読んだことがないというのであれば
よい1冊目になると思います。


Posted by eno at March 28, 2006 12:27 PM


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