第四十二回
【遠い川岸】どこにある幸福?の巻【過ぎた川岸】

真名   :

ぼ、ぼぉおおお〜〜〜

はるん  :

あぁ、圭さんがいきなりまたトランス状態になっちゃってます− (ノ゚ο゚)ノ

ミッシェル:

これは珍しいですね。ということははるん、もう次なる七福さんが登場する?

はるん  :

はい。もうわたしには見えてきました。なにかすごく優しい柔らかい雰囲気とお母さんみたいな温かみ・・・ はるんにはすごく懐かしい気持ちで迎えられま〜す。
あっ、見えてきました、最後、七人目の七福さんのお姿。

体脱   :

おぉ、この姿はどこかで見たと思えば、ルリカさん、いや、ルリカさんのお姉さんみたいなルリーさん、というか、ルリカさんの成長した姿かぁ〜

ミッシェル:

そうですね、圭さんのブログで登場しているルリカさんの成長した姿です。ルリーさん、ようこそ登場いただきました!

ルリー  :

これはみなさん初めまして。真名圭史さんからも、勿論ルリカであるわたしの違う時間軸に存在する自分の中のまるの日さん圭からも、みなさんのお話は伺っておりましたよ。

ミッシェル:

お目にかかれて光栄です。〈不物質ガイドとの探索〉シリーズ第3巻を締めるにふさわしいお話の数々正に印象的でした。
大河の流れに逆らわず、ゆったりと身を任せる人生の送り方、そしてそこから見える風景をいかに捉えて、しかもそこから自由に豊かになれるのか。
ルリーさんのおっしゃったお話は多くの読者の方々を惹きつけるものだったと思います。

体脱   :

どうしても人間、目の前に起きる事柄に引っ掻き回されて、喜怒哀楽だけで日々を過ごしちゃうんですよね。
僕も本を編集した時はルリ−さんの言葉が身にしみてたんですけど、いつの間にか病気のことやら家族の問題やらなにやら、目の前の事柄に右往左往して、なんかそんな視点からは遠ざかって行っちゃって・・・

はるん  :

体脱さんは、それだけの経験をしたんだからしょうがないですよ! だって、世界線を超えてしまうような出来事だったんだし、しかも「家系のカルマ」なんていう、とんでもなく大きなテーマもかぶさってきたわけで。そんな経験普通じゃありませんからっ! そんななかで大河のことは無理だっつーの

ミッシェル:

そうだね、体脱さんはそれなりに大きな経験を出来たことを逆に感謝するといいのですよ、きっと。その分相応の気付きが用意されているわけですから。

それよりも地上世界では、はるんの言うとおりもっと日常的な生活の中で、仕事や恋愛のことや人間関係、家庭生活や子どもや両親の問題などの、こまごまとした現実問題で悩んで、解決を求めている人たちが大勢いることを忘れないで下さい。

体脱   :

僕は、みなさんのことを忘れているわけではないんですが、自分の目の前の出来事に追われていくと、もうそれだけで人間っていっぱい一杯になってしまうものですね、今回よく分かりました。

はるん  :

人間、生きていくということが最優先ですもんね。
でもそのことだけが大事なことに思えて、「人より劣ってはいけない」、「他人より多くを成し遂げたい」とか、なんか、そんな感じになっちゃうんですよね〜、わたしたちって。だけどね、体脱さんは、そんな出来事の連続にあっても、とりあえずは生還できたみたいだし、そこはおめでたいんですけどー

ルリー  :

大河の流れにはみな乗っているのです。ただ、岸辺にある果物をいくつ取り損なったかを数えている人が多いだけ。いくつ得られたのか、ではなく。
だから、流れに乗っていても流れ過ぎ去っていたものばかりを追っているものたちは何もうまくいっているとは思わないでしょう。

ミッシェル:

そのとおりですね。ひとは誰しもが悩んでいるのですよ。その中で幸福を求めているんだと思います。しかし、その人たちに友人や親兄弟など、相談できる相手がいる場合はまだ良いのですが、いまの社会ではみんながそれぞれに孤立していき、人間同士の結びつきがどんどん弱くなっています。
だれもが幸福を求めて日々を送っているのに、この眼の前の悩み事について相談するひとも見当たらない。これは現代社会の歪と言ってもいいのでしょう。

このような人々が、どれだけいることか想像したことはありますか? ほとんどの人たちはみな同様にそのような状態の中で、不安に押しつぶされそうになりながらストレスを抱えて必死になってこらえ、我慢しているのですよ。

何故かと言うと、社会の中で「自己の弱さを表面に出してはいけない」、あるいは「正当化してはいけない」という風潮があるためなんです。これがみなさんを押しつぶそうとしているのです。競争社会の中の原理というものが働いている訳で、これははるんの言ったとおりですね。
そしてその中で人々は「いくつ得られたのか」という考え方において感謝があるどころではなく、「いくつ取り損なったのか」という、悔恨ばかりが気になるようになってしまっているのです。

ルリー  :

そうですね。ひとには等しい条件が与えられています。大河は誰か人間が作っているものではないのです。その大河が等しく流れているのです。
が、しかし、今の世界ではその真の大河ではなく、そのように見せかけられた流れがあるのかもしれませんね。いわば人工的な流れかもしれません。
そのような場合、教育や歴史や世の中の情報を通じてそのビジョンは作られたのでしょう。まずはここを見極めることが重要です。

その上でさらにまた、真の大河の流れに乗って見える、手の届かないところにある、あるいは過ぎ去ってしまった川岸の果実を追い求めてはいけないということなのです。

果実はとても美味しそうに見え、無理矢理にでもその岸にたどり着くと、その時に手に入れた感覚をもたらすかもしれませんし、過ぎた流れをまた無理矢理にでも遡って手に入れたい感覚、これらは欲望と呼びますが、そこだけを捉えて求め、口にしてはいけないのです。
そのような行為に執着してしまうことが、結果、自分の人生が「何もかもうまくいっていない」と思い込んでしまう切っかけとなってしまうからです。

体脱   :

でも、すべての人々はみな「幸福」を求めているのですよね。

はるん  :

みんなが同じように…。だけど、目の前のことしかみえないし遠くでも過ぎ去っていても、美味しそうな果実のことしか考えられないか・・・・
はぁ、なんかちょっと切なくなってきちゃいました− (;ノ_-) =3 =3

ミッシェル:

それはいけないね。おっ、そうだ、また飲み物でもお出ししましょう。このところ話にばっかり夢中になってしまったから。
はるんの好きなストロベリーケーキもあるので、みなさんでいただきましょう。

はるん  :

!!! わ〜い。やっぱりミッシェルさんは優しいなぁ

体脱   :

でも、ルリーさんは食べられない?

ルリー  :

私は香りだけで十分ですよ。

はるん  :

ミッシェルさん、だったら、大急ぎでお願いしま〜す!
ε=ε=ε=ε=ε=┏( >_<)┛

<7月21日(木)に続く>

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