第七回
【語る環に】「高次空間を共有するの巻」【泣くみんな?!】

怪人:

おぉ、これは… 圭さんの口元の様子、何やら呟いているようですぞ!

体脱:

ほんとだ。とぎれとぎれにモグモグしてますが・・あ、止まった。

環 :

僕が抜粋しているからね。

体脱:

抜粋?

環 :

この場所このカフェのエネルギーレベルは僕たちのいる次元から来るとまだまだ低いから、いまこの真名圭史さんとのやり取りを通じて交換された大量の情報をいちどに表現することは出来ないんだ。だからその要点を抜粋して語っているということなんだよ。

怪人:

なるほど! 圭さんのビクッとした動き、何やら呟いているこの状況が、実は高次元存在である環氏との情報交換、つまりテレパシー的な会話を瞬時に行っていて、その要約を先ほどのように環氏が私たちに伝えていると、こういうわけですな。
しかし、今こうやって環氏の姿が目に見えているということは…?

環 :

そうだよ。実はね、この空間で映像化されるように情報をコントロールするのにも限界があるんだ。だから今も、真名圭史と呼ばれる肉体と行われたやり取りを、急いで抜粋して話さなければいけないんだよ。

体脱:

あぁ、じゃ、急いでお願いしますー。おっしゃっていたのは、確か空間で意識を共有するというようなことでしたよんね?

環 :

そうだよ。人は無意識に共有する空間を誰かと作っているんだ。「ただの想像」と思われていることが、実は高次の空間領域では実際に存在し、しかもそこでは他の人と情報共有している。
ただその中で、これも無意識のうちに自分を窮屈に感じてしまう人たちがいる。そのような人たちは、その空間からエネルギーを受け取るだけの身分に自分を下げてしまっているからなんだ。

体脱:

身分を下げるって。でも、想像している時は次から次へとイメージが湧いてきて楽しいものだし・・

怪人:

そこですな。古から言われていることに「夢見の術」というものがあります。これは、夢の中で「自分が夢を見ている」という自覚を持ち、しかもその意識をコントロールすることによって夢を自在に展開させる手法を学ぶというのもの。それが故にこの手法は、瞑想と同様に神秘学の探求者にとっては、欠かせない修練とされているのですが、そうですか、するとこれは…
その「夢見の術」というのも確かに存在しているのだが、その手法そのものの活用というのは、これは高次空間での意識の持ち方を暗に指し示したものだとも言えるのですな。

環 :

自分が窮屈でないようにするには、人と共有している空間があったら、そこに自分のエネルギーを伝えていくくらいのものが必要だったりするんだ。でもそのようになる人の多くは、外に評価基準や対象があるからそうなるんだ。

そこにエネルギーを伝えていくところまで至らないで、ただその空間からエネルギーを受け取っていくだけ。それは、人と比べてみたり成功している人の話を聞いたりして、「一般的にはこうなんだけど」という立場だけで基準を作ってしまうということ。このような話がたくさん世の中にあるよね?
それがこの空間で自分の身分を下げることにつながっていくんだよ。

本当はその他の人たちの価値観と自分の価値観が合わないのに、無理に合わせようとしてしまうから、心に摩擦が起こってしまい窮屈になる、ということなんだ。

怪人:

うむ。やはりそうでありましたか。「夢見の術」として語られ、神秘学徒には必修とされているこの奥義は、「いつ、どのような場面や瞬間においても自我を超越した意識を持って目の前に起こることを把握し、コントロールする」という、言わば「高次の自我」を意識の中に確立する手法であると語られていますが、まさにそのような意識を持つことが必要であるということなのですな。

更には、そのような意識の創り出す高次元領域が実際に存在し、そこでは他者の意識とも交信ができ、はたまたその空間ではエネルギーを受け取るのみでなく、自身のエネルギーを伝えていくことが出来る。これようなことが全てが事実であったということか! うぅ、ま、また、なぜか、涙が…

体脱:

怪人! あーそうか、納得して泣いてるんですねっ! そうですよ、だって、「高次の自我」よりも更に上の存在である環さんが言っているんですから、間違いないじゃないですか。

でも、環さん、僕にはよくわからないんですが、普段どうしても人や世間のあるがままを受け入れてしまっていると、それが癖みたいになって、そのような空間でも窮屈にじっとしてしまいますよね。それはどうすればいいんでしょうか?

環 :

他人の作った価値というものは、本来はその人たちだけのものなんだ。社会やもののあり方として、そのような評価の集合体から出る「一般的」とか「世間」いうような考え方があるけど、その反面として自らを捉え、そんな人々の作った評価とは違った立場で発想してみること。
それらを理解した上で忘れて、今自分が目の前でやっている仕事と、それを達成した時の快感。それをみていくと自ずとどうすればいいのかわかってくると思うよ。

そのうちその基準や価値観の捉え方が、「自分のもの」と認識できるようになったら、繋がっている空間に自分が積極的にアクセスして、じっとしているだけじゃなく、窮屈さから開放された自分となって、空間や現実の書き換えが自由にできるようになるんだよ。

怪人:

うぅ、うう。やはり、やはりそうでありましたか! うぅ…

体脱:

あ、怪人、また泣き始めた。でも、僕もなんだか、な、涙が出てきそう・・

<3月21日(月)に続く>

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